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モキュメンタリー映画への違和感の話

モキュメンタリーへの違和感

モキュメンタリー・・・何故かしっくりこない。これは何?というだけのお話です。

基礎情報(映画界においての用語)

POV

主観撮影。登場人物の視点から撮影する手法。

モキュメンタリー

擬似的なドキュメンタリー。ドキュメンタリー風のフィクション作品。

ファウンド・フッテージ

撮影者の死亡、あるいは行方不明などから第三者にフィルムが渡り公開された、という設定。

モキュメンタリー映画への違和感

何が違和感を生んでいるのか

何故かPOV作品を観賞すると何とも言えない気持ちの悪さがありまして。ただ全てが受け付けないというわけでもなく、演技が原因だとは思うのだけれども、自分の中で「あり」となる、または「なし」となる決定的な要因がわからない

POVがダメなのかモキュメンタリーがダメなのか、はたまたファウンド・フッテージがダメなのか・・・。よくわからなくなった上にうまく言語化できないでいたんですよね。

結論としては、自然を装うことの違和感だということに着地しました(以下、着地までの話)。

結局はこういうことだと思う

POVではモキュメンタリー(擬似的なドキュメンタリー)手法が用いられるため、自然に見せようとするがゆえに映画的に必要のないセリフや、やりとりが入っている場合がある。

もちろんモキュメンタリーも映画によって自然風な演技の度合いも違っていて、ファウンドフッテージ(撮影者が死亡、行方不明になり第三者が入手し公開した、という設定)だと、かなり演技やセリフに自然さを「強調」する傾向にある印象が・・・。ゆえに演技にあざとさを感じる

ファウンド・フッテージに類別される映画では、より顕著に「真実風味」を押し出す作りであり宣伝になる。

つまり、モキュメンタリーと一言にいっても「より現実、真実らしく作られた作品(宣伝の段階から真実だと銘打つような)」であればあるほど、自然なやり取りが求められるわけで、結果的に「自然さ」を「演技」するという作為的なものを感じやすくなり、あざとく感じてしまうことに繋がるわけです。

というより個人的にそう感じてしまうという話なんですが・・・。

加えて、「映画を観ている」という感覚が「演技を観る」ことを前提としているわけで、結果、映画的な映画を観るつもりでいることと、自然を装う演技であることとのギャップが違和感を生んでいるとも言えるのかもしれません。

終わりに

POV手法は低予算での映画製作を可能にする素晴らしいものですが、それゆえに多くのPOV手法を用いたモキュメンタリーが散見されるようになり、絶対数が増えれば違和感を感じるものも出てくるだろうという話かもしれません。

ただ「低予算だから」、ということが違和感を感じてしまう理由というわけではなく。低予算でも面白い映画はあるわけなので。
そしてなんだかんだ言いながらも・・・また観るのだろうと確信しているのでした

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